5月20日更新 星野の激走が蘇るF1デビューマシンが1/43で発売になりました。

1976年富士スピードウェイで初めて日本でF1レースが開催されました。当時日本グランプリという名称はF2による鈴鹿の最終戦のレースの名称になっていたので、このレースは日本グランプリではなく「F1インジャパン」という名称で開催されました。

このレースはハントとラウダのチャンピオン争いで多いに盛り上がるはずでしたが、レースがスタートするとラウダは早々のリタイヤ。白けたムードが漂う中、後に日本一速い男と呼ばれるようになる星野一義がドラマチックな激走を見せてくれました。

星野一義は当時所属していたヒーローズレーシングが旧式のティレル007を購入して走らせる形でF1デビューを果たしました。しかもヒーローズはグッドイヤーを使用せずブリジストンにタイヤの製作を依頼しました。そのためF1インジャパンはブリジストンにとってもF1デビューレースとなりました。

ティレル007ば元々ウイングノーズでしたが、星野の007は富士というストレートの長い超高速コースではスポーツカーノーズの方が有利と判断してスポーツカーノーズに改造されていました。

星野は1回目の予選で10位に入りましたが、最終的に25台中21位で予選を終えました。もしもタイヤがグッドイヤーならもう少し上に行けたのではないかと思います。

決勝レースは雨に見舞われ、富士独特の霧も発生して予定より1時間半以上遅れてスタートとなりました。このレースでほとんど視界が効かない中で見せた星野の走りはすごかった。

21番手スタートから1周目で早くも8位まで順位を上げ、2周目には5位に上がり、10周目のヘヤピンではなんと、Jシェクターの6輪ティレルP34をアウト側から抜き去って3位に上がる大快走を見せました。

星野はシェクターを抜く際に手を挙げて合図をしていきました。これはレース前のドライバーズミーティングっでシェクターが日本人ドライバー達に”抜かれる際に抜かれたい方を手で合図しろ。安全に抜いてやるから!”と言った事への返答でもありました。

TVの生放送でも星野の大快走は生で映されて見ていて鳥肌が立ちました。富士の雨を知り尽くしたブリヂストンのスーパーレインの恩恵もあったでしょうが水しぶきで前が見えない中での快走は 男 星野一世一代の走りだったと思います。

しかし雨が弱まるに従ってスーパーレインタイヤは音をあげて8位まで順位を落とし、20周目にピットインしてタイヤ交換を余儀なくされ、そして僅か7周後の27周目に2度目のピットインをしました。

しかし、星野がコースに戻ることがありませんでした。スペアのホイールが無くタイヤが用意されていなかったのです。レインタイヤを3セットも使うようなことはだれも想定していなかったのです。星野はやむなく無念のリタイヤを喫することになります。

そんな星野の激走が蘇る1/43 キットがタメオから発売になりました。ブリジストンのレインタイヤも再現されています。タメオからは富士仕様のシェクターのP34も発売されています。シェクターを抜いて3位に上がったシーンを再現してみてはどうでしょうか。

<1/43 メタルキット 新製品>
SLK124 1/43 メタルキット ティレル 007 フォード 日本GP 1976 星野 一義 ¥12,000